社会全体の高齢化が進む中、介護サービスに対するニーズは年々増加を続けています。
ニーズ増に呼応して介護事業全体の市場も拡大し、2018年度には初めて国内の介護費用総額が10兆円を突破。そのわずか3年後の2021年度には、約11兆円まで増加しています。
今後も高齢者人口の増加が見込まれる中、ますます介護事業の市場規模も拡大していくものと予想されます。しかしながら、人手不足や資金不足などの現実を抱える事業者の中には、事業の存続に危機感を持つところも多いでしょう。介護事業を存続させるための一手段として、近年、事業者たちの間ではM&Aが注目されています。
厚生労働省老健局の資料(※)によると、平成12年4月末での要介護・要支援の認定者数は約218万人でしたが、令和4年3月末にはその約3.2倍となる約690万人まで増加しました。
要介護・要支援の認定者数増加に伴い、介護業界全体における職員数も増加してきたものの、将来的に団塊ジュニア世代の高齢化も待ち受ける中、介護職の人手不足はますます深刻化するものと予想されています。
また、高まる介護ニーズへ十分に応えるためには、介護施設側における設備投資・人材育成を継続していく必要があります。しかしながら、地域密着型の小さな介護事業所にとって、そのための資金確保は容易でありません。結果、事業存続のための一手段として、M&Aによる事業売却を選択する事業者もあります。
※参照:厚生労働省 老健局|給付と負担について
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001006632.pdf
介護事業者の厳しい現状を改善するため、政府は、介護職員の処遇改善やテクノロジーの活用、事務的な業務の効率化推進などの様々な施策を行っていますが、まだまだ業界の人手不足を十分に補うまでには至っていません。
介護への高い市場ニーズに対して供給側が追いついていない現状は、ともすると大きなビジネスチャンスにも見えますが、このビジネスチャンスを掴める事業者は限られます。人手不足や資金確保、事業承継などの課題を前に、M&Aを通じて事業売却の選択をする介護事業者も少なくありません。
介護M&Aには複雑な交渉や手続き、契約が必要となるため、事業者が単独でM&Aを進めるのではなく、専門家をはさんでM&A実現を目指すこととなります。
なお、M&A仲介会社は、それぞれ自社の専門分野を持っています。相談先を選ぶ時には、介護M&Aの実績が豊富な会社を選ぶことが大切です。
売却側と買収側の双方が基本合意契約を交わした後、買収側から売却側に対し、デューデリジェンスを行います。
デューデリジェンスとは、売却側の財務や法務、人事などの内情を詳細に調査すること。詳しくは後述します。
デューデリジェンスの結果を受けて最終的な契約交渉を実施し、双方が合意のもとで事業統合の契約を締結します。この段階での契約には法的拘束力が生じるため、双方は契約内容を確実に実行しなければなりません。
最終契約の内容に従い、資本や現場などの具体的な事業統合を行います。
デューデリジェンスとは、買収側による売却側の内情調査を言います。主に、財務や法務、経営、人事などに関する売却側の内情を詳細に調査します。
一般的に、調査は各分野の専門家が実施。たとえば、財務については公認会計士や税理士、法務については弁護士や司法書士などが買収側から委託を受け、実施します。
デューデリジェンスの主な目的は、売却側の事業が買収に値するかどうかの評価、適切な買収額の算出、買収後に生じうる経営リスクの洗い出しなど。デューデリジェンスの結果、基本合意段階では見いだせなかった何らかの要素が発見された場合、その要素を加味して最終交渉を行います。
デューデリジェンスは、買収側におけるM&Aの目的達成のため、非常に重要なプロセスと位置づけられています。
契約交渉時において買収側が押さえておくべきポイントは、主に以下の3点です。
1つ目が人材。所属する介護職員のスキル・経験、労働条件、人件費、人事管理などの状況を確認し、人材面からの資産価値を評価します。
2つ目が不動産。施設の経過年数やメンテナンス状況、耐震・耐火への対策、既存設備などを確認し、不動産の視点からの資産価値を評価します。
3つ目が利用者の状況。施設の利用者数や年齢層、要介護度、利用頻度、集客方法などを確認し、営業・運営面からの資産価値を評価します。
主なメリットの1つが経営リスクの軽減です。人手不足や資金繰りの問題を抱えている介護事業所の中には、大資本などへの事業売却を通じ、経営破綻等のリスクを回避できるところもあるでしょう。
また、売却により事業所の資金が潤沢になれば、既存設備の刷新やサービスの質の向上などを通じ、事業価値の最大化を目指すこともできます。サービスの利用者にとっても介護職員にとっても、これまでより良質な環境となる可能性が高いでしょう。
昨今では、後継者問題の解決手段としてのメリットも注目されています。
高値で介護事業を売却するためには、まず市場の動向に対して常にアンテナを張っておく必要があります。
M&A仲介会社がリリースする新しい成功事例などを常時チェックし、自らの事業所と同様の施設の売却状況を確認しながら買収価格の変化を追い続けましょう。
多くの大資本では、2040年問題(団塊ジュニア世代の高齢化に伴う介護問題)なども見据え、買収価値のある介護事業所を物色しています。この物色の動きを注視しながら、経営状態の改善や人材育成、建物のメンテナンス等を着々と行い、事業所の総合的な資産価値向上を目指しましょう。
なお、買収側は事業所の現在価値ではなく、キャッシュフローなどの将来価値を基準に買収額を算出します。石橋をたたき過ぎて売却タイミングを逃さないようにもご注意ください。
まずは、早い段階でM&Aの専門家へ相談しましょう。特に、初めて介護事業の売却を検討する事業主の方は、売却を選択肢の1つに入れた段階で、速やかにM&Aの専門家へ相談します。
早い段階で相談する理由は、「今後何に力を入れれば高く売却できるか」を知るため。高く売るためのポイントを専門家から教えてもらうことで、以後、売却に向けて限られた資源を有効に活用できるからです。
あわせて、改めて事業の状況(財務や人事、他社との違い、苦手分野など)を正しく把握しておくことも大事。自分の事業所の状況を客観的に把握しないままM&A交渉に入った場合、買収側の論理に引き込まれて割安での売却となる恐れがあるからです。
もとより、建物の修繕やメンテナンスなど、ハード面の整理も進めておきましょう。
介護事業の買収が自社の事業拡大につながり、その結果として様々なスケールメリットを享受できる点が、買収側のメリットです。
たとえば、地域ニーズの変化に応じて流動的に人材を傾斜配置できること、特定エリアの事業所の不振を別のエリアの事業所の利益で埋めて全体を標準化できること、事業所が増えることでグループのブランド力が上がること、などです。
一般に、事業所の数は多ければ多いほど経営リスクが低下する傾向がありますが、介護事業においても、この傾向は例外でありません。
介護事業の買収側に想定されるリスクは、第一に財務リスクです。簿外債務や現金化の難しい資産が潜在していないかどうか、事前によく売却側を調査した上で契約を締結する必要があります。
また、残業代の存在や不適切な労働管理など、経営に関するリスクも懸念されます。売却側の企業文化なども考慮の上、経営統合後の融和がスムーズに進むかどうかも検討してみましょう。
さらに、買収後の労働環境変化による人材流出もリスクと言えるでしょう。売却側の従業員のモチベーション低下につながらないよう、売却側の労働環境を尊重して運営を行うことが必要です。
買収後の統合プロセスに向けた具体的な方策をPMIと言いますが、PMIは買収側にとって、M&Aを成功に導く極めて重要なポイントであることを認識しましょう。
PMIの具体的な計画・実行において比重を置くべき内容は、企業文化の融合方法、業務の標準化、買収側と売却側従業員との腹を割った話し合いなど。「買収側は上、売却側は下」という誤った先入観を持たず、どちらも同じ目標達成を目指す仲間であるという信頼関係を、対話を通じて少しずつ構築していきましょう。
なお、PMIを成功させるためには、デューデリジェンスと並行しながらPMIの計画立案を進めることが理想的です。
グループホームや有料老人ホームの運営を手がけるA社は、創業者が70歳の時に立ち上げた会社でした。
創業から10年程度は経営が順調だったものの、その後、徐々にメンバーが引退。自身も高齢となり体力的に運営が難しくなり、財政は悪化の一途をたどりました。
状況の打開のため、創業者は親族に引継ぎを打診したものの、親族に事業を継ぐ意志のある者はなし。最終的に、M&A仲介会社のサポートで事業売却へ向けて動き出すこととなりました。
依頼を受けたM&A仲介会社は緊急案件と判断。スピード重視で動き出し、創業者との初回打ち合わせのわずか1週間後にトップ面談を設定しました。
トップ面談の24日後には譲渡手続きを完了。介護施設における後継者不在の問題が、異例のスピード契約で解決しました。
参照:MABP公式HP(https://mabp.co.jp/story/8789/)
初めは1ユニットの小規模な形態からスタートし、徐々に事業を拡大していったB社。平成19年には念願の有料老人ホームを設立したものの、その後、経営が悪化し5期連続での債務超過へ陥りました。
創業者が病気となったことをきっかけに、銀行員だった息子さんが退職して事業を承継。以後、経営が好転して14期連続の増収を実現しました。
一方、介護業界の報酬が頭打ちになっていること、人員の確保が困難になりつつあることなど、介護業界の限界を感じていたという二代目社長。地域社会への貢献と介護業界のさらなる拡大のため、事業の売却を決断しました。
買収側の代表と2度のトップ面談を行い、「現状維持は衰退の始まり」という価値観を共有。現在の従業員を守ることを条件に、事業の売却を成立させました。
なお、従業員とともに二代目社長も統合後の会社に残り、取締役として敏腕を振るっています。
参照:MABP公式HP(https://mabp.co.jp/story/10847/)
もともとデイサービス事業を行っていたC社でしたが、経営不振から住宅型老人ホームへ事業転換。この思い切った決断が功を奏し、経営状態が好転して約5年で借金の完済も実現したそう。
以後、経営は順調に推移したものの、代表の高齢化に伴い事業承継の課題が浮上。息子と娘は二人とも事業を継ぐ意志がなかったため、代表はM&A仲介会社の力を借りて売却へ向けた活動をスタートさせました。
M&A仲介会社の尽力により、買収を希望する6事業者とのマッチングに成功。1社1社と丁寧な話し合いを行い、約1年かけて事業売却を成立させました。
後継者問題の肩の荷が下り、代表は安心して引退できることとなりました。
参照:BATONZ公式HP(https://batonz.jp/learn/5364/)
病院に勤務する看護師が介護施設「ハイム介護計画株式会社」を買収し独立した事例です。経営未経験ながらも「看護師の資格を活かし、より良い介護事業ができる」という自信からM&Aを決意。知人の経営者や仲介会社のサポートを受け、資金調達や交渉の難しさを乗り越えました。
承継後は人材管理に苦労しつつも、訪問看護事業を立ち上げ、地域ニーズに応じたサービスを展開。今後は道内での訪問看護拡大や、医療連携の強化を目指しています。
参照:株式会社ミナト公式HP(https://minato-ma.com/haimu1/)
参照:株式会社ミナト公式HP(https://minato-ma.com/haimu2/)
複数の子ども向けサービスを運営する企業が、幼稚園事業に注力するため、放課後等デイサービスをM&Aで売却した事例です。当初は廃業を予定していましたが、利用者や従業員への配慮からM&Aを選択することになりました。
買い手は放課後等デイサービスを運営しており、新規事業所開設と並行してM&Aによる事業拡大を検討していました。売り手は原状回復コストが不要になった上、売却益を得ることができ、買い手は新規開設よりもコストを抑えることが可能に。双方にとってメリットのあるM&Aとなりました。
参照:カイポケM&A公式HP(https://ma.kaipoke.biz/success/case1/)
介護事業の経営者である夫が逝去し、妻が株式を相続。介護事業の知識がなく他の事業をしたいとの想いから、介護事業の株式は譲渡することにしました。
条件を絞らず、幅広く打診したことで、早い段階で譲渡先候補を見つけることに成功。スピード感を重視して他の条件を妥協したことで、迅速に譲渡できました。譲渡後の事業所はホスピス型の介護施設へと転換し増収も実現。売主も譲渡対価を資金に新しい事業に挑戦しています。
参照:株式会社CBパートナーズPDF(https://www.cb-p.co.jp/wp-content/uploads/2024/08/87dd6079f9e212504868cf1f89e27337-1.pdf)
介護M&Aを成功させるためには、M&A専門家の活用が不可欠と考えましょう。
M&Aでは、準備段階から各種の資料作成や具体的な譲渡スキームの策定など、専門的かつ膨大な準備が必要となります。介護事業に邁進してきた事業者が、多忙な中、単独でこれら専門外の業務を効率的にこなすことは、現実的でありません。
売却先を選定した後も、デューデリジェンスの対応をはじめ、財務・法務等に関する高い専門性を伴う業務が山積しています。何より、「売却先を探す」という大前提において、M&A専門家のサポートなくして難しいと考えたほうが良いでしょう。
とりわけ後継者問題を抱える事業所の売却案件では、スピード感が重要。迷わずM&A専門家を活用するようおすすめします。
M&A成立に先立ち、売却側・買収側の経営理念や企業文化の統合に向けた検討・話し合いを継続的に行いましょう。
企業文化は経営理念に基づき、長い年月をかけて醸成されるものです。M&Aの契約書類一枚で企業文化が容易に統合することはありません。企業文化の統合が実現しなければ、売却側の従業員の労働意欲が低下して離職率を高める恐れもあります。買収側は、企業文化の統合を最重要事項の1つとして、具体的な取り組みを実践すべきでしょう。
買収側は、デューデリジェンスの段階から売却側の企業文化の理解に努め、M&A成立後は状況を放任せず、速やかに具体的な統合プロセスへと着手することが必要です。
M&Aを成功させるためには、想定される失敗リスクを前提に、あらかじめリスク管理を行っておくことが大切です。
リスク管理は、特に買収側にとって重要なテーマとなりますが、最も重要とされるリスク予防策がデューデリジェンス。専門家の力を借り、売却側の財務や法務、人事等の内情を詳細に調査することです。デューデリジェンスの結果、もし買収後のリスク材料が発見された場合には、そのリスクをも引き継ぐ立場として、M&A価格の調整交渉を行うことも大切です。
潜在的なリスクを評価して優先順位を付ける「リスクアセスメント」、特定のリスクを軽減するために戦略を立案して実行する「リスクミットゲーション」、M&Aのプロセス全体にわたり継続的にリスクを追跡し評価する「リスクモニタリング」なども並行することで、可能な限りリスクの要素を消していきましょう。
この先数十年は高齢者の増加が見込まれる今、今後も介護業界へのニーズが増加し続けることは容易に予想されます。少なくとも高齢者が増え続ける間、介護業界は成長産業と考えて良いでしょう。
一方で、介護業界における深刻な人手不足への対応策も考えなければなりません。とりわけ中小の介護事業所では、すでに人手不足が死活問題と化しています。地域ニーズがあるにも関わらず、人手不足による廃業を余儀なくされる例も見られるようになりました。
人手不足や後継者問題の解消、そして介護業界という成長産業のさらなる発展のため、今後ますます介護M&Aの重要性が高まっていくものと考えられます。
長い年月をかけて育ててきた介護事業の売却。買収側には、少しでも高く評価してもらい、少しでも高い金額で成約へと導きたいものです。
そのために重要なことは、買収側に高く評価してもらうための準備をしっかりと進めること。「事業が立ち行かなくなったので助けてほしい」という事業者と、「まだまだ潤沢なキャッシュフローが期待できる」という事業者とでは、買収側における評価が全く異なります。
職員の能力育成、利用者サービスの拡充、建物のメンテナンス等、あらゆる視点から事業の質の向上を目指し続けることこそ、理想的な売却へとつながる大事なポイントと心得ましょう。