医療法人とは、医療法に基づいて設立される法人です。病院や医師・歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設などの開設を目的とします。公益性が重視され、営利を目的としない非営利組織であり、剰余金の配当は禁止されています。
個人診療所との違いは、主に収入の形と届出方法です。個人診療所は経営者個人が財産や収入を自由に管理できますが、医療法人では法人が財産を所有し、経営者は報酬として収入を得る形になります。また、医療法人は複数の施設を開設可能で、都道府県知事の認可が必要ですが、個人診療所は1か所のみ開設可能で届出のみで済みます。
日本では医療法人経営者の高齢化が進んでいます。医療法人の承継には医師資格が必要なため、一般企業よりも後継者選びが困難です。また医師不足や都市部への集中により、地方の医療機関は経営維持が難しくなっているという背景もあります。さらに、診療報酬の引き下げや設備維持費の増大など、収益性を圧迫する要因が増え、経営難に陥る法人が増加していることも、医療法人の売却が増加している背景です。一つの原因ではなく、複合的に作用して医療法人の売却が増加していると考えられています。
医療法人における出資持分は、出資者が出資額に応じて財産権を有するか否かを示す重要な概念です。出資持分あり医療法人では、出資者が財産権を持ち、解散時には残余財産の分配請求権や払い戻し請求権が認められます。このため、相続や譲渡の際に相続税負担が発生する可能性があり、評価額の高騰が課題となることがあります。
一方、出資持分なし医療法人では、出資者に財産権はなく、解散時の残余財産は国や地方公共団体に帰属します。そのため、相続税や譲渡に伴うトラブルは発生しません。ただし、「基金拠出型」の場合は拠出額の範囲内で返還請求権が認められることがあります。
持分あり法人は経営承継時に財産評価や税務対策が必要となる一方、持分なし法人は非営利性を徹底しつつも柔軟な運営が可能です。
医療法人が運営する事業の全部または一部を他の法人や個人に譲渡する契約です。契約内容に柔軟性があり、隠れ債務のリスクを回避できます。ただし、手続きが煩雑で、診療所の廃止と新規開設が必要になるため、時間と労力がかかる点に注意が必要です。
医療法人の出資持分を他者に売却することで、譲受人がその法人の経営権を取得する方法です。手続きが比較的簡便で、法人全体を包括的に引き継げます。持分の評価額が高額になり譲渡者に多額の税負担が生じる場合があります。
複数の医療法人を統合し、一つの法人にする売却方法です。包括承継により、権利や義務の取りこぼしがありません。ただし、隠れ債務のリスクや、持分評価額の問題が発生する可能性があります。
医療法人が所有する財産や診療所を含めず、「法人格(法律上の資格)」のみを譲渡する方法です。法人設立の手間を省き、迅速に医業を開始できますが、行政から指導を受けやすく、認可が下りない場合もあります。財産や負債を含まないため、法人内部の状況によっては運営開始後に問題が発生するリスクも考慮しなければいけません。
医療法人が運営する診療所や施設を他法人に譲渡する方法です。譲渡対象は選択可能で、柔軟な対応ができます。売却後、旧経営者は退職金として対価を受け取ることが一般的です。ただし、税務上の退職金上限(最終報酬月額×勤続年数×3倍)に注意してください。基金拠出型の場合、拠出額の返還請求権が認められることがあります。
他の医療法人と統合し、一つの法人にする方法です。包括承継により資産や負債を引き継ぎます。合併後に旧経営者へ退職金を支払うことで対価を調整します。基金拠出型の場合、合併後も基金返還請求権が存続します。
医療法人自体を譲渡せず、理事長・役員交代を通じて経営権を移転する方法です。売却対価は退職金として支払われることが多く、税務上の制約に従います。基金拠出型であれば、基金返還請求権を新経営者が承継します。
医療法人の売却を検討し始めた際は、初期準備として、経営状況の把握が必要です。財務諸表や資産・負債状況を整理し、経営状態を正確に把握します。医療収益、患者数、診療実績などのデータ分析も含まれます。譲渡対象も明確化しなければいけません。売却対象が事業全体なのか一部なのか、または法人格のみなのかを決定します。買い手に提示する財務資料や契約書類を整備し、デューデリジェンス(買収監査)に備えます。
医療法人の売却は法的・税務的な制約が多く、専門家のサポートが不可欠です。財務分析や譲渡価格の算定、税務対策については税理士、契約書作成や法的リスクの確認は弁護士、医療業界特有の規制や買い手選定、交渉支援など包括的なサポートは医業承継コンサルタントが提供しています。専門家と連携することで、適正価格でスムーズな売却が実現し、経営者のリタイア後の生活設計にも役立ちます。
デューデリジェンスは、買い手が売り手の経営状況や潜在的なリスクを詳細に調査する重要な工程です。売却対象の実態を正確に把握し、適正な譲渡価格を算定するとともに、リスクを明確化して契約条件の交渉材料とすることを目的としています。デューデリジェンスを行うことで、売却後のトラブルを未然に防ぐことができます。
財務状況の確認は、会計処理の適正性や収益・費用構造、資産・負債の実態を精査する作業です。特に簿外債務や偶発債務による訴訟リスクなどがないかを重点的に調査します。次に法務状況の確認では、許認可や賃貸借契約や取引先契約などの契約書類の適正性をチェックし、訴訟や紛争リスク、非営利性違反の有無を調べます。
さらに労務状況も重要な確認項目です。就業規則や雇用契約書を精査し、労使関係や未払い残業代、退職給付債務などを確認します。また、従業員の定着率や勤怠状況も分析し、労務上の問題点を洗い出します。医療設備や建物・敷地などの物的資産調査や、地域競合状況・患者層分析による事業性評価も行われます。
最終契約書が締結されると、クロージングに向けて具体的な準備を行います。まずは行政手続きが必要です。医療法人の許認可変更や診療所の廃止・開設届出を行います。この際、都道府県知事への申請や定款変更認可が必要になる場合もあるため、事前に確認しておきましょう。また、引き継ぎ作業として、スタッフや患者への告知を行い、診療データや医療設備の移転、従業員との雇用契約更新などを進めます。
クロージング当日には、買い手が売り手に対価を支払い、経営権や資産が正式に移転します。この時点で取引は完了し、新しい経営者による運営がスタートします。
売却契約書には、「譲渡対象と範囲」「対価と支払い条件」「表明保証条項」「紛争解決条項」「クロージング条件」を盛り込みましょう。
クロージング後には、新体制で必要な行政手続きを速やかに進めてください。新しい診療所開設届出や保険医療機関指定申請が必要です。また、売り手である旧理事長への退職金清算も行います。売却前に発生していた債務処理や未解決案件については、契約書で取り決めた内容に基づいて対応してください。
売却益(譲渡対価から資産簿価や手数料を差し引いた額)に対して法人税や地方税が課されます。特に「のれん」などの無形資産も課税対象となるため注意が必要です。退職金として譲渡益を受け取る場合は、退職所得控除が適用され、税負担を軽減できる可能性があります。
事業譲渡では、建物や設備など課税対象資産に消費税が課されます。一方、土地や金銭債権など非課税資産は対象外です。課税資産と非課税資産を明確に区分し、仕入税額控除を適切に適用することが重要です。
出資持分あり医療法人の場合、持分の評価額が相続財産となり、高額な相続税が発生することがあります。事前に持分なし法人への移行を検討することで、この負担を回避できます。
売却スキームの選定や適切な価格設定には、税理士や弁護士との連携が不可欠です。特に、譲渡益の計算や節税対策には専門的知識が必要であり、事前相談によってリスクを最小限に抑えることができます。
医療法人の売却後には、診療所の廃止届や開設届の提出、保険医療機関指定の継承など、法的手続きや許認可手続きが必要です。
売却側は、診療所の廃止届を保健所に提出します。この届出は診療所の廃止後10日以内に行う必要があります。また、保険医療機関としての指定を解除するため、厚生局へ保険医療機関廃止届も提出します。
買収側は、新規に診療所開設届を保健所に提出し、同時に厚生局へ保険医療機関指定申請を行います。この指定申請は、開設する月の申請期限までに完了させることが必要です。診療用エックス線装置など特定設備がある場合は、その設置届も提出が求められます。
医療法人は非営利組織であり、個人診療所とは異なり法人が財産を所有します。経営者の高齢化、後継者不足、医師不足、診療報酬の引き下げなどを背景に、医療法人の売却が増加しているのが現状です。売却方法としては「事業譲渡」「持分譲渡」「合併」「法人格の売買」があり、それぞれ手続きや税務負担が異なります。特にデューデリジェンスで財務・法務・労務状況を精査し、リスクを明確化することが重要です。また、売却契約書には譲渡範囲や対価条件、表明保証条項を盛り込む必要があります。行政手続きや許認可継承も求められるため、専門家との連携が成功の鍵です。